イジワルな先輩との甘い事情


「柴崎」

翌週水曜日、会社を出たところで呼ばれ振り返ると、手を振る松田の姿があった。
時間は18時10分。
ノー残業デーを守り、松田も今日は残業を少なめに切り上げたらしい。

冷たい風に身体をぶるりと震えさせた松田が、「寒いなー」と言いながらマフラーを巻き直す。
空気自体が冷え切っているこの時期、弱い風でも顔をしかめたくなる。

隣に並んだ松田に「もう来週には12月だもんね」と話しながらマフラーに顔を埋めてから、そういえば、と二週間前の日曜日の事を思い出した。
私にキスしていいかとか北澤先輩に聞いた事を。

だけど、松田は私の事を思ってしてくれた事だし、何よりあの時松田の優しさに少し救われたのも事実だ。
マンションのエントランスから先輩に電話して、でも、会えないって断られて……。

ショックを受けて何も考えられなくなっていた私を元気づけようとしてくれた事を考えると、先輩をからかった事を責める気にはなれなかった。
先輩に対しては少し失礼だったかもしれないけど、あれだって松田の優しさだったんだから。

だから、その事に対してありがとうとお礼を告げようと松田を見上げた時。
「あ」と声をもらした松田が私を見た。

「そういえば結局、古川さんの事ってどうなったんだ?」
「あ、それは……」




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