落ちる恋あれば拾う恋だってある
さっき丹羽さんはお使いに出てしまったが、渡しておくくらい構わない。
「今日は違うんだ。部長は?」
「課長と早めのお昼休憩に行かれました」
「そっか……」
「急用ですか? 私で処理できることならやりますが」
「いや、処理は部長にしか頼めないことで……。実は昨日引っ越ししたから会社に新しい住所報告しようと思って住民票持ってきたんだけど」
横山さんが手に持っているものは確かに役所の書類で使われる模様入りの紙だった。住所など社員の個人情報の扱いは部長か課長にしか許されない。
「この時期に引っ越しですか?」
珍しいですね、と言いかけて口を閉じた。確か横山さんは彼女と同棲していたはず……。
私の表情を見て横山さんは困ったように笑った。
「実は彼女と同棲してたんだけど、別れちゃって」
「そうだったんですか……」
社内の人と同棲していれば、住所が同じことは総務部には隠しておけない。一緒に引っ越すなら問題ないが、片方だけ引っ越したとなると気まずいはず。
「すみません、言いづらいことを……」
「いやいや、こちらこそごめんね。こんな話しちゃって」
「いえ……」
横山さんみたいな人でも恋愛がうまくいかないこともあるんだな。
何と言葉をかけたらいいのか迷ってしまう。慰めればいいのか、励ませばいいのか……。恋愛経験ゼロのこの私が?
「北川さんは彼氏いるの?」
「いません……」
いたことがありません。恋愛で悩んだり、喜んだり悲しんだことがありません。
「そっか。北川さんでも彼氏いないのか。意外だね」
「いえ、そんなことは……」
彼氏がいないことが意外なんてお世辞を言ってもらえて、気を遣わせてしまったかな、なんて思う自分はマイナス思考かもしれない。