どうぞ、ここで恋に落ちて

「きゃっ」


私は浮遊感に驚いて樋泉さんの背中にギュッとしがみつく。

ち、地に足がつかない!

樋泉さんは突然私を引き寄せ、そして私を抱き締めたまま勢いよくベッドから立ち上がったのだった。


向かい合って座っていた体勢のまま引き上げられたから、樋泉さんの長い脚のぶん、私のつま先は宙に浮いてしまっている。

それに気付いた樋泉さんが、私をストンと床に下ろした。


「お腹減った? 何か作ろうか。夕飯が終わったら家まで送るよ」

「え?」


私は首を傾げて樋泉さんを見上げる。

確かにたくさん泣いたしお腹は空いてるけど、『好きです』って気持ちを伝えた後なのに話題の変え方が不自然すぎると思う。

私を見下ろす樋泉さんはどこか取り繕ったような笑顔だし、さっきまでの雰囲気を振り払おうとするかのように『家まで送る』だなんて……。


私が何か樋泉さんを不愉快にさせるようなことをしてしまって、早く帰ってくれって言われているのかと勘違いしてしまいそう。


だけど未だに私を優しく抱き寄せている腕に勇気をもらって、私は根気強くジッと彼を見上げて待っていた。
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