どうぞ、ここで恋に落ちて

理不尽に樋泉さんを困らせてるんだから、すずか先生もこのくらいは許してくれるでしょ。


「まさか。千春子さんが、俺を?」


信じられないというように首を振る樋泉さんは、やっぱりその可能性を考えてみたこともなかったんだろう。

樋泉さんのイケメンなのに控えめなところはチャームポイントでもあるけど、ここまで自分の魅力を過小評価してしまうのも困りものだ。


いったい今自分はどうするべきなのか、樋泉さんの頭の中がぐるぐる音を立てて回転しているのがわかる。

お仕事モードの樋泉さんからは考えられないくらい不器用で鈍感で、置いてけぼりの子どものような雰囲気がしっかりと着込んだスーツとちぐはぐだった。

だけど樋泉さんは賢くて思いやりもあって誰よりも誠実な人だと知っているから、私は迷わずに彼の背中を押せるんだ。


身を翻してドアを押し開け、玄関に突っ立って呆けている樋泉さんを肩越しに振り返る。


「私も、樋泉さんのことが好きだから、すずか先生のところへ行ってもらうんです。ちゃんとけじめつけてきてくれなきゃ、樋泉さんはヘタレですから!」


最後は叫ぶように言い置いて、バタンと勢いよくドアを閉めた。
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