どうぞ、ここで恋に落ちて

「やーね、みっともない! 胸を張りなさいよ」


千春子さんの見立てをくすぐったく思って肩を丸めると、バシッと背中を叩かれた。

そういえば、どんなにグズグズの状態でも千春子さんはとても姿勢がいい。

やっぱり女性としても、見習うべきところはたくさんあるかもしれない。


思えば恋敵同士で、話をするのは今日が初めてだというのに、奇妙な関係を築き始めている私たちを見てマスターが楽しそうに笑った。


時刻はもうすぐ日付を跨ぎそうで、私は明日も出勤だから、そろそろアパートに帰らないと。

そう思ったけど、明るい照明に包まれた『プリマヴェーラ』はとても居心地がよく、マスターも千春子さんも、もっと話をしていたいと思わせるような魅力のある人なのだった。


マスターは私と千春子さんに一杯ずつお水の入ったグラスを渡す。


「やっぱりいいね。恋は酸いも甘いも経験できるから、女はもっとイイ女になる」


それからハッと思い出したように、私たちの前に身を乗り出して声をひそめた。

とっておきの秘密を話して聞かせようとするみたいに、大仰な口調で囁き、ふたりの顔を交互に見やる。


「きみたち、女の子が何でできてるか、知ってるかい?」
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