どうぞ、ここで恋に落ちて

それは私のよく知る甘くて深い大好きな人の声で、私は作業の手を止めてくるりと振り返る。


「え、あれ?」


そこにいたのはもちろん樋泉さんだったけど、なんだか微妙にいつもと違う気がして、私はその違和感の正体を探ろうと首を傾げた。

そしてふと気がつく。


「あ、メガネ、してない……」


仕事帰りなのか、スーツを着たいつもの樋泉さんなのに、今日は細身のブロウフレームのメガネをしていなかった。

今ではあれがお仕事モード用の伊達メガネだと知っているし、メガネをしていない樋泉さんももういい加減見慣れてはいる。

だけど一期書店で彼に会うときは必ずメガネをかけた樋泉さんだったから、なんとなく不思議な感じがしたんだ。


「今日はお客さんとして来たからね」


そう言う樋泉さんの手には、イベントコーナーから選んできたのか、数冊の本があった。


「ありがとうございます」


確かに樋泉さんがお客様として一期書店に来てくれたのは初めてかもしれない。

きっと彼の個人的な行きつけは以前連れて行ってもらった基さんのお店なんだろうし、メガネをしていない樋泉さんが一期書店に訪れたのも、少なくとも私の勤務中では初めてのことだ。
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