どうぞ、ここで恋に落ちて
初めて樋泉さんと手をつないで歩いたのは、夏の盛りの夜だった。
日が落ちても、一日中太陽に蒸された街はまだまだ冷めない熱を持て余していた頃。
今夜は乾いた夏の風の中にもほんの少しだけ秋の香りが混ざり合い、つないだ手の温度のほうを温かく感じる。
だけど私の右手を引くのは、あの日と変わらない樋泉さんだ。
彼と手をつなぎながら、こうして季節が移ろい行くのを、この先何度数えることができるだろうか。
「なに?」
ジッと見つめる私に気付いた樋泉さんが、私と目を合わせて問う。
あの夜は、メガネのないまっすぐな視線を、決して合わせようとはしなかったのに。
私はなんだか嬉しくなって、あの時とは反対に彼が引いてくれるつないだ手にギュッと力を込めた。
「いいえ、なんか懐かしいなあって。前は樋泉さん、怒ってるみたいに話さないし、目も合わせてくれなかったし」
「ああ」
樋泉さんも前回こうして手をつないで春町駅まで歩いた日のことを思い出したのか、懐かしむように遠くへ視線をやる。
そしてバツが悪そうにはにかんだ。
「頼むよ。俺、あの時は好きな子と手をつなぐってだけでいっぱいいっぱいだったんだ。1年片思いして、ようやく手を握れたんだよ。しかも女の子のほうから差し出されて」