どうぞ、ここで恋に落ちて

「あの時は言えなかったけど、実は高坂さんのこと、ずっと好きだったんです」


頭の中に直接響くような甘く深い声。

彼のシャイが演技ではないことはわかっているけど、私がそれに弱いことを知っていて、何から何まで武器にしてくる樋泉さんは本当に厄介だ。

私は目眩を堪えて隣を歩く樋泉さんにキッと抗議の目を向ける。


「ず、ズルいですよ! 今のは反則!」


樋泉さんは楽しそうに声を上げて笑うばかりで、無口だった前回がウソのようだ。

夜空には細い三日月と星々が輝き、ふたりの歩く道に淡い光を落としていた。


思い出話をして出会ってからの1年を振り返ったり、すれ違っていた期間の想いを打ち明けたり、ときどき未来の話をしてみたり。

ふたりは過去と今と、そしてこれからを一緒に過ごしていくことを、当たり前のように思えている。

そうして会話を弾ませながらふたりで歩くと、春町駅までの距離は今まででいちばん短く感じられた。


私は今では、彼がどの改札を使っているのかを知っている。

駅に着いても、前回別れた場所で立ち止まることなく、ふたりの手はつながれたまま駅の中へと吸い込まれていった。
< 213 / 226 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop