どうぞ、ここで恋に落ちて
"千春子"というのがすずか先生のお名前だったとしても、普通、担当編集者でもない販売部の樋泉さんが、作家さんを下の名前で呼ぶなんてことあるのかな。
やっぱりそれって、すずか先生が樋泉さんの恋人だから……?
「ああ、聞こえてしまっていたんですね」
私の疑念を聞き取ると、樋泉さんは苦笑いをして肩をすくめる。
「鈴鹿千春子というのが、彼女の本名なんです。公式プロフィールでは公開していませんが、本人もとくに隠していることではなくて」
樋泉さんの話によると、すずか先生はずっとペンネームを本名の"鈴鹿千春子"に改名したいとおっしゃっているらしい。
だけどよく名を知られているすずか先生が執筆名を変えてしまうことを編集部が拒んだので、その代わりに『普段は千春子と呼んでほしい』というのが彼女の主張だとか。
「そ、そうなんですか」
「ええ。それで納得してくれるなら、こちらとしてもありがたいですし。すずか先生は、編集部や販売部のメンバーを交えた飲み会の席でお会いして以来、書店でのイベントにも融通を利かせてくれるようになったんですよ」
それじゃあ、樋泉さんとすずか先生は特別な関係ではないってこと?
ああ、でも、そうと言ったわけでもないし……。