艶楼の籠

「椿さん…私が来るような場所ではなかったみたいで…。」


怒っているであろう相手に、自分の行動に対してなんと声を掛けていいものか。


「あっはっは!雅!俺はお前を気に入ったぞ!なんだ?俺に甘く声を掛けられただけでは、なびかないというのか?」


こんなにも、子どものように笑う人なのだろうか。


「私は、別としても…ここへ足繁く通う方は、恋しくて…でも気持ちをどうすること出来なくて…一夜で儚く消えてしまう事を知ってても…またここへやってくる。あなたと過ごせれば、いいだけなんですよ……だから、あんなこと言わないで下さい……。」


さっきまで、笑っていた人はフッと真面目な顔を見せた。
そうして、私の身体に手を伸ばし引き寄せる。


「あぁ。知ってるよ。皆本気になっちまう。偽りの言葉と俺を求めてやってくる。もちろん、それでいいと……な。雅は、違うのか?」


甘い官能的な香りと、この体温、この声で…身体が熱くなってしまう。


「わ、私は………わかりません。」


そう話すことで精一杯だった。
私を引き寄せた手に力がこもる。


「なぁ。今日は、何にもしない。その変わり…雅のこと教えてくれないか?」


そんなに、真っ直ぐ見られると……目を反らしたくなる。


「目、反らすなよ。」


グイッと顎をもたれ顔が近づくと、私の心臓は、更に激しくなるばかり。
椿の瞳は、獅子のように私を捕らえた。
ポツリポツリと自分自身の事を話していく。

呉服屋の娘であること。
今日20歳になったこと。
自分の力で仕事も恋愛もしてみたいこと。


「まさか、雅が東雲呉服店の娘で…こんな、可愛らしいお嬢さんがいたとはな。俺が逃げ出した甲斐があったわけだ。」


「逃げ出し…っ…んぐ!!!」


椿の大きな手が口元を押さえる。


「声がでけぇ!これが、みつかっちまったら大騒動だ…。雅を巻き込んじまったのは…悪かったが…本当に救われた。ありがとな。」


こんなにも、優しく笑うのだろうか。
この笑顔に狂わされてか、私は利用されたのに、助けたと思ってしまう…。


「こんな私がお役にたてたなら…よかったです…。」


「雅…今日は、疲れただろう?ゆっくりと休むといい。」


そう言うと布団に寝転び、ポンポンと叩いている。
そちらに来いと言っているのか。


「布団をもう1つ敷いて頂けないでしょうか…。」


「おいおい…。俺に恥をかかせる気か?それは無理なお願いだ。」


「でしたら、私が床で…。」


―グイっ!―


腕を持っていかれ、椿の身体の上に覆い被さってしまった。


「なぁ。どれだけ強情なんだ?女は、素直な方が可愛いぞ。」


寝乱れた姿を見ると、また心臓がうるさくなってきた。この音に気づかれてしまいそうで、必死に訴えた。


「あっあの…!一緒に布団へ入りますから、腕を離して下さい……。」


「よし。いいだろう。2人で寝た方が暖かいしな。」


私の心臓は一向に静まらず、目は冴えるばかり。
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