艶楼の籠

翌日、椿は私を元気に見送る姿には、昨晩の儚げな表情は微塵も感じなかった。


彼が言うとおり、信じてはいけないのだろうか。
確かに昨晩は、言葉も表情も弱々しいが、口づけだけは、優しかった。

あの唇の優しさと温度が、忘れられない。
仕事中にも関わらず、昨晩の口づけを思い出してしまった。


「…椿さん……。」


華やの王の座に君臨するくらいだ。
どれほど手練手管を駆使しているか私の思考では想定出来ない。

しかし、椿のために何かできまいかと考えてしまう自分もいた。


今日も仕事を終えたら椿に会える、そう思いながら、店の奥の部屋で、品の確認を行っている時だった。


勢いよく店の扉が開き、店中が騒々しい。何が起きているのか、確認に行こうとした時、1人の声がした。


「雅はいるか?」


この声は…。


「つ、椿さん!!!」


どうして、こんな日の高いうちに来ているのか。
また抜け出してきたのではないかと不安が込み上げる。


「雅!この間の着物なんだが…。」


椿が言いかけた時、父が口を挟んできた。


「おや。椿さん。うちまで足を運んでいただいて…どうされましたか?」


「気にいらないんだ。もう一度、見立てて欲しい。雅に。」


え…。私に…?
心臓がドクリとする。
胸に熱いものが込み上げてくるのがわかった。


「椿さん。こいつは、まだまだ駆け出しだ。着物の良し悪しもわかっちゃいませんよ。お気に召さないのであれば、また私が見立てましょう。」


椿は父にそう言われると、獲物を捕らえるような熱い眼差しを私に向けてくる。


「俺は、雅が選んだ着物を着たいんだよ。だから、駆け出しだろうと、何もわかっていなくたっていい。なぁ……。」


私へ近づいてくる椿の瞳から目が離せない。


「俺の魅力を引き出してくれるだろう?」


獲物を見るような瞳とは正反対に、甘く囁くような声。全身が痺れて動けなくなる。
この世の者とは思えない程の美しさで、こうして女達を魅了し続けているのだ。


「はい…やってみます。」


「よし!そうこなくては!」


先ほどまでの妖艶な表情が、少年に戻ったように明るく笑ったのだ。
その、真逆な表情を見せ付けられる。
こんな所も彼の魅力なのだろう。
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