艶楼の籠
着物の見立ては、後日行うこととした。
「では、雅…今日も待っているぞ。」
椿は、私にしか聞こえないように、艶っぽい声で言った。
店に居た周りの人の視線が気になる。それを知ってか知らずか、私の反応を楽しむように椿は、意地悪な表情を浮かべ、店を後にした。
椿の着物を私ごときが決定していいのだろうか。父が言うように、私はまだ駆け出しどころか、着物に関しても学んでいる最中だ。
そんな未熟な私が選んだ着物で、椿の魅力を引き出すことが出来るか不安であった。
それに、私が選んだ着物をまとって、椿は女達の前へと出て行くのだろう。
私の何を見込まれ、富さんに椿を任されたのか。
深く考えれば考えば考えるほど、複雑な気持ちと疑問ばかり浮かんでくる。
それと同時に、口づけされた時のなんとも言い難い気持ち。
こんな気持ちのまま、あそこへ足を運ばなければならない。
もう、外は夕暮れ時。
あの街は、活気づいてきた頃だろう。
「雅。ちょっといいかな。」
私に話しかけてきたのは、父だった。
「さっき来ていた客だが、華やの王だろう?どうして、あの人が雅に見立ててもらいたいと思ったのか…何かあったか?」
父の鋭い感に、ギクリとしたが何を話していいのかわからない。
「以前、荷物を届けに行く際、道で人に絡まれた所を華やの富さんに助けていただきました。それから一緒に華やへ行き、椿さんとはそこで知り合ったのです。」
あの日、河原で椿と出会い、助けるためにと華やへ足を踏み入れた。
そして、富さんに頼まれて、椿の客になっていることは言えなかった。
私は、父へ嘘をついてしまったのだ。
「そうか…富さんにね…。もし、困ったことがあれば、なんでも言いなさい。」
意外な父の言葉に驚きつつ、私は静かに頷いた。
今日も私は、あの場所へ足を運んでしまう。
富さんに頼まれたと言っても、本当は椿に会いたいのが本心であろう。
こう思わせるのは、椿の手練手管なのだろう。