艶楼の籠

椿は、私達の雰囲気を読み取ったかのように明るい声で話した。


「こんな楽しい場所に来てんだ。楽しまなくちゃな!…俺が来たから、下がっていいぞ。席を空けている間、ご苦労だった。」


「はい。では失礼いたします。」


あの人の名前も聞いていなかったことを思い出す。
そして、彼が言いかけた言葉…。楽しいことより辛いことの方が多いと言いたかったのではないか。

2人きりになった部屋が静まり返っている。


「椿さん…さっきの人の名前を聞きそびれてしまいました…。」


「俺が居るっていうのに、他の男の話か…ちと妬けるなぁ。…あいつの方が俺より良いっていうのか?」


意地悪な笑みを浮かべながら、私との距離をつめる。
サラリと髪を触られ、顔が熱くなってしまう。
恥ずかしくて、何も話せなくなってしまう。


「雅…昨晩は、あんなに熱く口付けしたのに…まだ恥ずかしいのか?」


「なっ!なっ!!…恥ずかしいですよ!」


肩をすくめて笑う椿の姿は、少年のように見えた。
私の緊張は次第に溶けていく。


「早く、2人きりになりたかったぞ。こうして…触れたかった。」


私の腰に手を回し、ゾクリとするほど甘い声で話される。


「じょ…冗談は……。」


誰にでも話しているであろう、椿の言葉…。
真実であっても、一時の夢は脆く、儚く散る。
偽りでいいと思える人もまた凄い。
初めから手には、入らないと知っている。


「雅。さすがの俺もあんな冗談は、言わないぞ。…まぁ。こんな事を言っても信じてもらえるとは思わないけどな。」


そう言う椿の瞳は、どこか悲しげに揺れている。
心がぎゅっと締めつられる思いだった。
慰めの言葉を掛ける前に、椿を抱きしめていた。


「っ……。」


「雅……もっと俺を…求めろ。」


きつく抱きしめ返される身体。
心も身体も火照り始める。
もう、止まらない…この気持ちをどう表現しよう。
これが、椿の手練手管…。
色恋を売ってきた椿の実力なのか。
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