艶楼の籠
私は、本当に椿の魅力に翻弄されているのか。そんなことを考えているとすっかり外は暗くなっていた。
自分自身の気持ちがよくわからないまま、華やへは向かいたくないはずなのに…
椿に囁かれた声を思い出す。
―雅…今日も待っているぞ。―
あんな風に囁かれてしまっては、また顔を見て声を聞きたくなってしまう。
少し遅めの時間に華やの暖簾をくぐると、富さんが出迎えてくれた。
「雅さん!今日は、遅かったじゃないか!ささ…椿が待っているよ。雅さんを座敷まで案内しておくれ!」
富さんの指示で動き始める男に、座敷へ案内された。
「椿さんが来るまで、私がお相手をさせて頂きます。まだまだ、椿さんのようにはいきませんが…精一杯尽くさせて頂きます!」
あどけなさが残るこの少年も、華やで勤めている身。
男も女も騙し騙され、夢を見る場所の1人なのだ。
椿にもこのような、少年の頃があったのだろう。
「こちらこそ、よろしくお願いします。私…不慣れで…。」
「それはそれは。雅様が楽しめる事が何よりの喜びですので、どうか肩の力を抜いて下さい。」
しっとりとした声でいわれると、幼さが残る少年の顔から一変して、男らしく見えた。
杯に酒を注ぎ、差し出してきた。
「雅様は、お酒はお好きですか?」
「あまり多くは、飲めません…。ここで初めて口にしましたので…よろしければ、私の分も飲んで下さい。」
「ふふふ。雅様、私たちはお客の物へ口をつけません。もし、口にしたならば、心を開いている証拠です。」
この発言に驚いた。
椿は、私の杯に入った酒を含み、口移しで飲ませた。
―心を開いている証拠です。―
この言葉が私の頭の中で何度も回り、鼓動はトクトクと早くなる。
「そのような事は、あるんでしょうか?」
「私の口からは何とも言えませんが、そう多いことでは御座いません。」
「そうですか…。ここの仕事は、辛くないのですか…?」
彼は、私の質問に少し目を細めた。
「……なぜでしょう。雅様には、何でも話してしまいそうになる…。そんな魅力をお持ちなんですね。ここで働く者の理由は、様々で複雑ですので…夢を売る仕事ですから…お相手をさせて頂く私達は、楽しいですよ。」
本心とは、思えない彼の表情に驚いていると再び口を開いた。
「しかし……楽しいことばかりではありませんね。」
「…好いてもいない女と楽しまなければならないんですものね…。すみません……。」
「そんな事を言わないで下さい!雅様なら、楽しい事ばかりですよ。それを承知でこの世界へ入ったんですから。ささ、少し酒に口をつけて下さい。」
「椿さんも…辛い事、多いんでしょうね。」
杯の酒は、ゆらゆらと揺れる。
「椿さんは…ここの頂点に立つ人ですから…楽しさより……辛いことも…。」
―バンっ!!―
勢いよく襖が開く。
「雅っ!!!遅くなった!またせたな!」
しんみりとしていた空気が一気に明るくなるのを感じた。
やはり、この人はそんな魅力を持っているのだ。