大人の恋はナチュラルがいい。
けれど、そこでさっさと帰ってしまわないのが実に彼らしい。太一くんは重ねた食器をシンクへ運ぶとワイシャツのカフスボタンを外し袖をクルクルと捲くり始めた。
「いいよ、洗い物なんて。私がするから」
慌てて椅子から立ち上がりシンクに対面している大きな背中の後ろに立つ。けれど太一くんは蛇口のレバーを下げるとご機嫌そうにスポンジを泡立てながら口を開いた。
「こんなに美味しいもんご馳走してもらって、ただで帰れないよ。いいからヒヨコさんは座ってて」
「ただじゃないよ、材料費は太一くんが出してくれたじゃない。それに洗い物なんかしてたら帰るの遅くなっちゃうよ」
「なに?ヒヨコさん俺に早く帰って欲しいの?ショックだなー」
「ええ!?違うよ、そうじゃなくって!太一くん疲れてたら悪いと思って、私は全然朝まで居てくれたって構わないんだけど――」
彼が放ったジョークに全力で否定したがために、迂闊な発言をしたと気付いたのは口から言葉が出た後だった。一瞬で落ちる気まずい沈黙に、太一くんの笑顔が不自然な形で貼りついたまま止まる。
ジャーと水の流れる音と、遅々とした手の動きで起きる食器とスポンジの滑る音。スローモーションのような動きの中、正常に流れているのは排水口へ吸い込まれていく泡だらけの水流だけ。なのに体感時間だけはやけに長く感じられ、気まずい沈黙が延々と続いたような気がした。
そんな狂った空間を戻したのは、手元の食器に視線を移し洗い物を再開させた太一くんの拗ねた声色の呟きだった。