大人の恋はナチュラルがいい。

「……ヒヨコさんてけっこう天然だよね。さっきもさ」

「さっき?」

「うん。どうせ気付いてないだろうけど」

 どこかトゲのある言い方に私の胸がソワソワと疼く。カチンと腹が立たないのはそのトゲがどこか甘くて柔らかいからだ。今の流れから察するに、私は自覚の無いままきわどい発言を零していたのだろう。年上のクセに天然ボケたって可愛いどころか鈍くさく見えて苛立つだけだろうに、太一くんは微かに頬を紅潮させながら感情を押し込めて口元を引き結ぶ。

 再び流れる沈黙は、私に年上としてどう振舞うかの難題を突きつける。迂闊だろうが天然だろうが、私は彼を煽ったのだ。その責任は取って然るべきなのかもしれない。『泊まっていきなよ』とサラリと言えたらどんなにカッコ良かろうか。けれど、こんな時にどーしょもなくも重大な情報が私の頭をひしひしと占拠する。

 ……果たして、5年間乾ききっていたこの身体はセックスを楽しめるのだろうか。

 まさか太一くんも私がこんなアホくさい事で悩んでいるとは露ほどにも思わないだろう。だがしかし死活問題、『年食ってるくせに盛り上がらないとか、ヒヨコさんとのセックスって超つまらない』なんて思われた日にゃ、私はもう市役所に行って戸籍標本の“女”の表記にバツを書かずにはいられない。とんだバツイチだ。

 などと馬鹿馬鹿しいことを考えていたら、耳にずっと触れていた水音がピタリと止まった。意識を現実に戻すと、シンクにまだ数枚の皿を残したまま太一くんが蛇口のバーを上げているのが目に映る。何故に?と純粋な疑問を向けた視線は、こちらに一歩近付いた彼の身体で覆われた。

 あ、抱きしめられてる。と自覚した瞬間、体中の血流が目覚めたように加速を始める。今日も香るソープに似たトワレのラストノート。その香りが合図のように私の中の“女”を揺さぶっていった。
 
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