大人の恋はナチュラルがいい。

「ちゃんと最後まで言って」

「え?」

 私を胸板に押し付けながら、太一くんは肩口に顔を埋ずめてくぐもった声で言葉を吐き出す。少しだけ焦れた情熱を色混ぜた声で。

「無意識でも『朝まで居ていい』なんて言われちゃった以上は、俺、期待しちゃうから。だからちゃんとヒヨコさんの口でハッキリ決めて。さっきの台詞に俺、甘えていいの?」

 ……明日も仕事だとか、これから焼き菓子の仕込をしなくちゃだとか、勝負下着って持ってたっけとか、ちゃんと感じる事が出来るだろうかとか、大小さまざまな赤信号はこの瞬間オールグリーンに瞬変した。

 甘えてるのに雄々しい、悔しいぐらい効果抜群の年下男子の魅惑。それに抗う意思も剛胆さも生憎私は持ち合わせていないので、従順に堕ちて行くのはきっと世の理に他ならない。自然、ナチュラル、ナチュラリーなのだ。

 キッチンの灯りを映し込んでハイライトに煌く熱い眼差し。射抜くように見つめているそれを見つめ返して、音にならない「いいよ」を唇で紡げば、彼の表情に一瞬緊張と喜びが走ったような気がした。

 背中を抱いていた手が辿るように上昇して私の頬を包むと同時に、太一くんの端正な顔が静かにこちらへ近付いて来る。長い睫毛ごと伏せられていく瞳にたまらない色気を感じてから私も目を閉じると、優しく触れるようなキスが落とされた。わずか数秒の後に離されたそれは間髪入れず角度を変えてもう1度重ねられ、同じように数回繰り返してから深いものへと変わっていった。

 唇を離した僅かの隙に囁かれた「陽与子さん」は、いつもの黄色い鳥のイントネーションではなくって、雰囲気に合わせてそんな使い分けをする彼に小悪魔的テクニックを感じながらも、私はまんまとメロメロになっていく。

 ああ、キスってこんなに気持ち良かったっけ。

 頬を撫でるように包む大きな手も、角度を変える度に感じる吐息も、見るからに柔らかそうでやっぱり柔らかかった唇も、なにもかもみんな気持ちイイ。あまりに久しぶりだから余計にそう感じるのかもしれないけれど、けどあまりに甘い太一くんとのキスは私の“女”をポンポンと開花させ、もはやくだらない悩みで抱かれるのを躊躇するなんて選択肢は、これっぽっちも残っていなかった。

 
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