大人の恋はナチュラルがいい。
自分の中で着々と新しい生命が育ってるのかも知れないと思うと、焦燥は募りに募ってルーチンワークの作業さえも上手くいかない。
「店長、こちらのオーダーのドリンク、オレじゃなくアメリカンですよ」
モーニングプレートを運びかけたバイトの子が、オーダーの間違いに気づきカウンターへ戻って小声で私に告げる。
「あ、ごめん。すぐに淹れなおすね」
手元の伝票にはしっかり『モーニングB・アメリカン』と書かれている。見落とすような作業でも無いのに、と私は自分のふがいなさにキツく唇を引き結びながらドリッパーにフィルターをセットした。お湯を注ぎ立ち上る香ばしい香りも、いつもなら心を落ち着けてくれるのに今日はその効果も無い。
たかが悩みのひとつやふたつで大好きな仕事にくだらない支障が出る事がイヤだ。ここは大切な私のお店、お客さんに心安らげるひとときを提供したいと云う想いだけは絶対譲れないのだから。コーヒーの香りに包まれ改めてそんな事を強く思うも、今の悩みには逆効果で、それを全て失い兼ねない未来を考えるとうっかり涙が出そうになる。
仕事か子供か。こんな悩みが自分にやってくるなんて半年前なら想像も出来なかった。モーニングタイムが終わり休憩時間に入った店内でひとり、カウンターのスツールに座って頭を抱えた。
私の勤務時間は朝の6時から夜の8時。途中で何時間も休憩は取るものの、お店での滞在時間は10時間を越える。果たして子供が生まれたらこんな長時間働けるのだろうか。家に帰ったって翌日の仕込みや新メニューの開発をするし、こんな状態で手の掛かる赤ん坊を育てられる気がしない。そもそも、産休中の店はどうするのか。テナントの家賃だって掛かるしスタッフのお給料だってあるのだから休業する訳にはいかない。
……駄目だ、やっぱり育児と仕事の両立なんて不可能だ。何度考えても行き詰まり、かけがえのないどちらかを諦める選択を余儀なくされる。
「……どうしよう……」
情けない嘆きは静寂の店内に溶けて消えた。窓の外ではビジネスの街が動き出す気配がする。