溺愛オフィス


「お父さん、これ、お熱測ってくださいって」


私は言いながら、写真をテーブルに置き、代わりに体温計を手にすると父に差し出した。

父は「ん」と短く言葉を返して体温計を受け取りワキの下に挟む。


父は何も言わない。

写真を勝手に見たことも叱らず。

前回のように、私がここにいることも責めたりせず。


ただ無言のまま、体温計が電子音を鳴らすのを待っていた。


微かに聞こえるテレビの音の中に、梅雨明けというフレーズが聞こえて。

私は少しの勇気を振り絞って口を開く。


「梅雨、明けるって」


すると、父は「そうか」とだけ答えて、また黙ってしまった。

でも、嬉しかった。

否定的な言葉じゃなかったから。

「だからどうした」とか「もう帰れ」とか。

そんな言葉ではなく、肯定する言葉だったから。


父が変わった?

私が変わった?


変わったのなら、何によって?


写真、病気、時間、それぞれの考え方。

きっと色々あるのかもしれない。


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