楽園追放
第一話



明日は、最低最悪の日だ。……いや、最低最悪の日になるだろう。


別に未来を予知する能力を持っているわけではないが、七希(ななき)には明日が最低最悪の日になることは分かっていた。


「明日の文化祭、楽しみだね」


なんてことを言いだすのだろう。


嬉しそうにそう呟くおさげ髪の少女に、七希は深い溜息をついた。七希の様子に気が付いた少女は慌てた様子で取り繕うように苦笑いを浮かべた。


少女の名はリサ。七希にとって唯一の友人である。


「別に七希が出場するミスコンが楽しみだなんて言ってないよ。私が楽しみなのは、立風君が出場するミスターコンだよ」


「……同じだよ」


慰めにも言い訳にもなっていないリサの言葉に、七希はがくりと項垂れた。


七希は霧島学園高等部に通う高校二年生である。明日、学園最大の行事だと謳われている学園祭が開催されるのだ。明日に控えた学園祭に向けて、学園の校庭では前夜祭が行なわれており、真っ赤に燃え上がるキャンプファイヤーを中心に生徒たちが夜の宴を楽しんでいる。


七希とリサはというと、校庭を窓越しに眺めながら薄暗い教室の片隅で向かい合っていた。賑やかな校庭とは対照的に、教室はしんと静まり返っている。


前夜祭は学園の生徒全員が参加を強制されているが、今の七希は賑やかな宴に参加する気にはなれなかった。明日のことが頭を掠めるだけで、憂鬱な気分になってしまうからだ。


「そんなに落ち込まないで。七希は結構可愛いし……もしかすると、ミスコンで優勝しちゃうかもよ?」


項垂れたままでいる七希に、リサが優しい声で宥める。しかし、七希の心は沈む一方だ。顔を上げる気力さえ湧いてこない。


七希が落ち込んでいる理由はただ一つ。学園祭のメインとして行われるミスコンの存在だ。


ミスコンとは学園一の美少女を決めるという、どこの学校でも行われるような行事の一つである。七希はそのミスコンの候補の一人として出場するのだ。勿論、七希が自ら候補に立候補したわけではない。無理やり押し付けられたのだ。


ミスコンには候補者として各クラス毎に必ず一人の女子生徒を選ばなければならないと言うふざけたルールがあり、不運にも七希が所属するクラスはミスコンに対して消極的だった。最初はクラスで最も美人であると評判の少女が皆から推薦されていたが、少女が涙ながらに拒絶をすると、次は明るくて、元気な学級委員長をクラスメイトたちは推薦した。


しかし、学級委員長もミスコンへの参加を拒絶し、気が付けばミスコンの出場権を互いに押し付け合うという事態に発展。そして、あれよあれよと言う間に、発言が少なかった七希に出場権を押し付けることで事態は収拾した。……いや、七希自身は全く納得していないが。


「ミスコンに出場したくない」と、クラスメイトたちにはっきりと言えば良かったのだろうが、七希にはその言葉を口にする勇気はなかった。昔から七希は自分の意見を口にするということが苦手だった。


リサのような気を許した人間相手ならば、本音を口にすることは苦にならないが、あまり会話をしたことのない相手を前にすると、どうも身体が強張ってしまって、本音や意見を声にすることが出来なくなってしまうのだ。


あまり言葉を発しようとしない七希と付き合おうとするクラスメイトは殆どおらず、唯一友人として七希と付き合ってくれたのはリサだけであった。クラスメイトたちは七希のことを『口数が少なくて、何を考えているのか分からない人』だと思っているだろう。ただ、口下手なだけなのだけれども。


「リサちゃん、知ってる?ミスコンにA組の張宮さんとC組の河合さんも出場するんだって。学園一、二を争ってる美少女が出場するようなミスコンに私も出場するだなんて……いい笑いものだよ」


今年のミスコンは学園屈指の美少女たちが多く出場するらしい。しかも、学園一の美男子を決めるミスターコンテストも同時に開催されるので、学園中から注目されているのだ。ミスターコンテストには学園一の美男子と言われている立風 入間(たちかぜ いるま)が出場するということで、学園中の女子生徒たちが彼の姿を一目見ようと、会場に押し掛けるに違いない。


どうして場違いなコンテストに出場する羽目になってしまったのだろう。……改めて、自分の悲惨な状況に七希は深い溜息を吐いた。


「確かに張宮さんも河合さんも美人で綺麗だけど、私は七希のいいところを沢山知ってるよ。たとえミスコンで誰が受賞しても、私の中での一番は七希だよ」


そう言って、にっこりとほほ笑むリサ。七希は俯いていた顔をゆっくりと上げると、弱弱しく笑みを浮かべた。どんなに弱音を吐いても、リサはいつも元気づけてくれる。七希にとって、リサという存在は心の拠り所である。


「でも、ミスターコンの優勝は立風君だけどね」


しかし、やはり立風の存在は譲れないらしい。七希は思わず苦笑いを浮かべた。

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