いと。
「ふう、そろそろ終わりですかねー。」
閉店まであと1時間近くあるが、平日の今日は客足も鈍い。
「先に上がれよ。あとやっとくから。」
雄太を先に帰し、閉店仕度を進めていると扉が開いた。
ーチリンー
「いらっしゃ………」
現れたのは戸澤だった。愛とLINKでのやり取りを見てしまったのは5日前だったか。
そうだ。あの愛の笑顔を見てしまってから俺は更に彼女との距離を開けてしまっていた。
このままでいいわけなんかないのに、わかっていながら一歩が踏み出せずにいた。
愛は毎日、どんな気持ちで過ごしている?
思い浮かぶ彼女は…戸澤に笑いかけているか泣いているかどちらかだった。
「どうぞ。」
注文も聞かずにジントニックを差し出すと戸澤は黙ってそれを口に運んだ。
「……連絡を取っていないようだな。やっとオレに彼女を譲る気になったか。」
メタルフレームのメガネを指でクイッと直しながら無表情のままグラスを置く。
その様子は冷静で、揺るがない自信を持つようだった。
「譲る?バカ言うな。あいつは俺の女だ。
一生、俺が守って幸せにする。」
極めて冷静に、低く伝える。するとやつはふっと小さく笑みを浮かべ、からりとグラスを鳴らした。
「随分だな。状況に怖気づいて先に進めないんだろ?彼女はずっとどんな気持ちで過ごしてるだろうな。
……くくっ。
指輪まで用意したのに悲惨だな。」
「なっ!お前そこまで…!」
カウンターを飛び出しそうになるのを堪え、一呼吸置いてギロリと視線を向けると戸澤は飄々とした顔でグラスを弄んでいた。
「………っ!」
「図星だから腹も立つ。彼女の父親も動いてるんだろ?その指輪は大人しく別の女に渡すことだな。」
………なに?
「ふざけるなよ!お前なんだろ!?愛の結婚相手は!
一生あいつを父親が与えたカゴに閉じ込めるつもりか?」
「…オレはそんなつもりはない。それに…彼女の父親も会ったことはない。
…まぁいずれ結婚式では顔も合わせるだろうが、な。」
「お前、いい加減にしろ!」
感情を堪えるための拳にも力がこもる。
そんな俺をチラリと見た戸澤は…コトリと置いたグラスをジッと見つめ、水滴をひと筋人差し指で拭った。
「…………なぁ。あいつを俺にくれよ。」
視線を落としたまま呟くように言ったその言葉は、薄暗く客のいない店内にどこか切なげに響いた。
「……そんなことするわけないだろ。
一生あいつに愛情を注ぐのは俺だけだ。誰にもその権利は渡さない。
………もういいだろ、帰れよ。閉店だ。」
愛が選んだ壁掛けの時計を指し示し、促すと戸澤は黙って札を置き、帰っていった。