常務サマ。この恋、業務違反です
スパイって言葉で、映画を連想し過ぎた。
とは言え、そんな妄想に思考の大部分を割ける程度には、私にも余裕が残っていたんだろう、と思うことにする。


「担当させて頂く高遠さん……が出社されるまで、私は何をしたらいいんでしょう?」


浸り過ぎの自分がちょっと恥ずかしくなって、私は肩にかかった髪を軽く手で払いながら、人事部長を真っ直ぐ見つめた。
いつまでもこうしてのんびりコーヒーを飲んでいていい訳がない。
この時間にも時給が発生してるんだから、人事部長だって私に何か仕事をさせたいと思っているはずだ。


束の間の妄想を頭の片隅から追い遣って、私は出来る限り愛想良く笑みを浮かべた。
人事部長はどこかホッとしたように、額をハンカチで拭う手を止めた。


「秘書の方に申し訳ないんですが……。まずは、高遠の執務室の掃除を……」

「掃除ですね。かしこまりました。それで、それが終わったら、私は……?」


メモをするまでもない業務だけど、一応『秘書』らしく手帳を開いて『掃除』と書き殴ってみた。
もちろん、心の中では、掃除!? 家政婦じゃないんだけど!? と叫んでいた。
それでも感情を殺して質問を畳み掛けると、人事部長はニッコリ笑って、それだけで結構です、と付け加えた。


「……は?」


一瞬素に戻って、私は目を丸くして聞き返していた。
人事部長は笑顔を崩さずに、掃除です、と更に繰り返して言う。
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