常務サマ。この恋、業務違反です
「今日一日じゃ終わらないと思いますから。前任の秘書の方が辞められてから一週間なんですが、それはもう荒れ放題なんです」

「荒れ……放題……?」

「ええ。高遠はとにかく整理整頓、片付け、掃除……といったことが殺人的に不得手な男でして。
あ、合間にこれを見て高遠という人間を知って頂ければ、明日からの本業もスムーズかと思います」

「はあ……」


掃除で勤務時間の七時間半が過ぎてしまうほど散らかった執務室って!?
大いにツッコミどころはあったけど、私は人事部長から差し出された書類を受け取った。


書類の見出しには『身上書』
左上に『社外秘』という文字が躍っている。
これぞ、私が手に入れるべき極秘シークレットじゃない!と、心臓が一度ドクンと音を立てた。


課せられたミッションの一つはこれで完了したも同然。
これを持ってこのまま出奔したい気分に駆られたけれど、まだ初日の一時間も終えていないのに、帰る訳にもいかない。
それに、このエグゼクティブ本人に対面して、うちが派遣したスタッフがどういう業務に就いていたか、それを確認しないことには……。


「わかりました」


今ここで身上書を熟読しなくても、時間はたっぷりある。
頷きながら短い承諾の返事をした私に、人事部長はまたしてもホッとしたように胸を撫で下ろした。


「それでは、早速高遠の執務室に……」


いそいそと立ち上がって私に背を向ける人事部長について、私も立ち上がった。


私は秘書ではなく、スパイなんだから。
意味もなく自分を鼓舞して、両頬を小さくパンと叩いた。


どことなく尻すぼみになった人事部長の声に、気負い過ぎて気付くこともないまま。
< 12 / 204 >

この作品をシェア

pagetop