常務サマ。この恋、業務違反です
「ありがとうございます。……すみません」


少しでも背を屈めると書類をばらまきそうだったから、首だけ動かしてお礼を言った。
私がドアを通り抜けると、階段に通じる次のドアも開けて、待ってくれている。


「どうせ一緒に行くから、俺が持つよ」


高遠さんはそう言って、私から書類を受け取ろうとした。
それでも私がブンブンと首を横に振った。


「いえ、大丈夫です! 次のドアも自分で開けられますから、高遠さんは休憩して来て下さい」


そう言って笑いながら階段に足を踏み出す。
両手に抱えている書類の山が邪魔して、足元が覚束ない。
それでも感覚で一段降りた途端に、私は足を踏み外した。


「きゃっ……!」

「危ないっ……」


短く鋭い声がして、滑り落ちそうになった私を高遠さんが後ろから腕で支えてくれた。
おかげで私は無事だけど、手にした書類は完全にバランスを失って、バラバラと手元から落ちる。
その上……。


「あああっ!!」


中途半端な体勢のまま、私は更にグッと身を乗り出した。
螺旋状に地上まで続く階段のほんのわずかな吹き抜けの隙間を、封筒が一枚ヒラッと待って、カンカンと音を立てて落ちて行く。


それを見て、私も高遠さんも黙って顔を見合わせた。
落ちて行った封筒は、ここからじゃ目視出来ない。


「……どこまで落ちたかな」


私が身体のバランスを取り戻すのを待って腕を離しながら、高遠さんは手摺から身を乗り出してグッと下を覗き込んだ。


「……わかんないですけど、拾いに行かないと。どの分が落ちたかもわからないし、下手に拾われて開封されても困るし……」


言いながら、自分が今いるフロアの階数を思い出すと、気が遠くなる。
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