常務サマ。この恋、業務違反です
仕事仕事。任務任務。
自分にそう言い聞かせて高遠さんの執務室に戻ろうとして。


「うわっ」

「きゃっ」


いきなり目の前に現れた人影にビクッとすると同時に、私は反射的に足を止めた。
その足元に、クリアファイルに入った書類がバサッと一束落ちた。


「あ、悪い……」


その声に驚いて、私は顔を上げた。


「高遠さん!?」


書類と封筒を両手で抱えるように持っていた高遠さんを目が合う。


「あ、どうしたんですか? これ……」


両手が塞がっている高遠さんを制しながら、私は屈んで落ちたファイルを手に取った。
よく見ると、私が会議の為に作った資料。
封筒の山は、今日の最終便で発送しようと封入しておいた郵便物だった。


「総務から電話があった。会議資料急ぎで欲しいって言われたから、ついでに郵便物も、って思ってね」

「えっ!? すみません!」

「いいよ。俺もちょっと息抜きしたいと思ってたとこだし」


頭を下げる私を一瞥しただけで、高遠さんはそのまま廊下を歩いて行く。


向かう先の総務部とメール室はワンフロア下。
業務中に移動する時は階段を使うように言われてるけど、まさか役員の高遠さんが目の前のエレベーターを素通りするとは思わなかった。


「あ、待って! 代わります!」


慌ててその背中を追って拾ったファイルを一番上に載せ直して、高遠さんの手から封筒と書類の山を奪い取った。


「どうぞ、息抜きして来て下さい。どの位で戻りますか?」

「……」


先に立つ背中を追い越しながら、返事を求めて降り返る。
高遠さんは黙ったまま、ゆっくり私の後に付いて来た。


「あの……?」

「両手塞がってるのに、どうやってセキュリティロック解除するつもりだよ」


呆れた溜め息と同時に私を追い越して、高遠さんは少し先のドアにIDカードを翳してドアを開けてくれた。
そしてドアを手で押さえて、私が通るのを待ってくれる。
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