常務サマ。この恋、業務違反です
会議室を出ると、航平は無言で私の手を引いたままズンズンと先に進んでいく。
コンパスの差を全く配慮してくれなくて、私はほぼ小走り状態で必死に後をついていくだけ。


さっきから一度も振り返ってくれない背中が寂しい。
声をかけたかったけど、そこに確かに航平の怒りの感情があるのを知っていたから、軽く息が上がっても私は航平の背中を見つめていた。


どうしてここに来てくれたんだろう、と思った。
それに、さっきの会話はなんだか加瀬君との連携プレーが絶妙過ぎて、何が起きたのかしっかり理解出来ずにいる。


あの場に突然航平が現れることも、どんな会話が交わされるかも、加瀬君は完全に読み切っていたみたい。
そしてなんだか、航平の登場も計ったようにタイミング良くて、いろんな疑問が浮かび上がって、頭の中が飽和している。


「航平」


訳がわからなくなってきて、混乱しかけていた。
どうしようもなくなって、振り向かない背中に答えを求めて呼び掛けた。


さっきからずっと小走りだったから、呼び掛けるだけでも息苦しい。
それでも私の声を聞き止めて、航平はようやく立ち止まってくれた。
ゆっくり私に向けられるその瞳。
思っていたよりずっと穏やかな光を湛えていて、それだけで一瞬気持ちが緩んだ。


「航平、私っ……」

「希望、ごめん」


謝らなきゃ、って気持ちが急いていたのは私の方だったはず。
それなのに、私がその言葉を口にする前に、航平が私の目の前で深々と頭を下げた。


突然の航平の行動に戸惑って、言うべき言葉を直ぐに見付け出せない。
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