常務サマ。この恋、業務違反です
一流企業の本社本店が軒を連ねるオフィス街のど真ん中。
うちとは一段も二段も格が違うインテリジェントビル。
その高層階の窓に、ソファに座ったまま平行に視線を流すと、遠い街を覆い尽くす空しか見えない。


『産業スパイ』


そんなミステリアスな言葉が人事部長の声そっちのけで頭の中に閃いた。


そう、今の状況を完全に受け入れるにはいろいろとアレな部分もあるけれど、私はトム・クルーズの映画に出て来そうな女スパイなんだ。
ちょっとばかりオフィスが豪華だからって、気遅れしてる場合じゃない。
私はここへ、ハゲ頭の部長から直々にミッションを受けて、今こうして一人敵陣に潜入したところ。


こうも下手から揉み手しながら私を持ち上げて来る人事部長と向かい合っていると、緊張感も薄れそうになるけれど、大袈裟ではなく、私は本当にスパイとしてここに佇んでいるのだ。
もちろん、表向きはエグゼクティブ秘書の新任派遣社員として。


今日この日を迎えるまで、出来る限りの異議を唱えた。
それでも理詰めで諭されて反論を失ったのは、私が所詮雇われOLだから。


「厄介なクライアントではあるが、うちに利益をもたらすお客様であることは変わらないんだよ」


部長からミッションを受けた時、妙に現実的なその言葉に丸め込まれた。


『ウェイカーズ証券』単体では、うちとはこの取引しかない。問題はそのバックボーンだ。
関連会社、グループ会社ぐるみで委託を受けていて、うちからもたくさんのスタッフが就労している。
つまり、どんなに曰くつきでもこの職を一つ無にしたら、他の何十もの契約にも影響が出る。
もちろん、うちの利益にも相当水を差す結果になる。
末端社員の私達には、ボーナス削減という世知辛い切実な形で影響する。


それでも『問題先』なのは上も報告を受けている。
正式に委託を断る為にも、正当な理由、証拠が必要になるって訳で……。


私はその矢面に立たされたってことだ。
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