雨上がりの虹のむこうに
坂道の上で
 うららかな春の日差しが、駅の改札をくぐった私のまわりに溢れた。眩しいと感じる一瞬を経て馴染んでいく日差しは、のどかで暖かな春の一日を感じたさせた。



 改札にかざしたパスケースを仕舞いながら、ゆるやかな坂道を登っていく。

 職場につくまでの、この穏やかな登り坂が私は好きだった。



 一日の仕事を終えて、坂道を下りながら置いていく仕事のあれこれを、また拾い上げていく。この坂道を登ることで、私はリフレッシュした自分の今日の予定を確認しているのだった。



 お菓子のように甘い、甘い職場。



 それは、名前もそうであるけれど、女性なら憧れる一生に一度のお式のお手伝いであったり、特別な日をお祝いする場所を提供していることからもそう受け取れる。


 お菓子のように甘い名前の職場では、人の感情が良いにしろ悪いにしろ大きく揺れている。私はお客様をサポートして、不安を取り除き、人生の節目である大切な一日をお手伝いさせてもらっている。



 そう。私の肩書きは、ウエディングプランナーだ。





 坂の途中にある職場が見えてくると、中を伺うように大きな体が植え込みの陰にちらちらと揺れていた。


 残念ながら全ての女性が問題なくお式を迎えられるとは限らず、ストーカーの被害や元彼に付きまとわれるということもあって、いやな緊張に体が強張る。


 本日の来客されるお客様を思い返してみても、特にそういったトラブルを抱えていたとは聞いていない。

 もちろん人聞きの悪い事ではあるから、進んで口にしてくれることではない。それでも、あらゆる事を想定してお客様を守らなくてはいけない。 

 スマートフォンから既に職場についているであろう同僚の名前を呼び出しておく。もし逃げるようなら追わないとしても、こちらに危害を加える可能性もある。


 大きく息を吸ってから、その大きな背中に声をかけた。


「こちらにどういったご用件でしょうか? 」


 振り返った男は、大きな体の割に、小さな熊のような目をしていた。全体的にゴツゴツしているけれど、着古した洋服は小綺麗に洗濯されているし、何より……目がとても澄んでいた。


 見つめられると、心の中を見透かされるようでドキリとした。


「こちらの従業員の方でしょうか」

「はい。こちらでフロアチーフとして働いています。先程から中の様子を気にしておられるようでしたので、私でよろしかったらお話しをお伺います」


 まだ営業中の明かりすらないフロアを覗いていることから、どんな用件があるとも思えず、それでいて不審者をほうっておくこともできずに話を振った。

 男性はあきらかにほっとした様子で、あちこちのポケットを探って名刺のケースを取りだす。そのうちから二枚抜き取り、こちらに絵柄が見えるように並べて見せる。


「僕は山並鉄二と申します。おもに山岳写真を撮っていますが、こちらで使って頂けないでしょうか? 」
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