聖夜の忘れ形見
「お互い想い合えたら最高なんでしょうけれど、そんなことは所詮絵空事。相手がどんな方であろうとも、私達は結婚して男児を産むのが仕事なのよ」


ぴしゃりと言われ、言葉に窮する小夜

くしくも次の授業の鐘が鳴り、複雑な心境のままお開きとなってしまった



※※※



10月に入り、小夜は虎太郎と三越へ足を運んだ

日本初のエスカレーターの他、エレベーターやスプリンクラー、全館暖房など最新設備が備えられ、屋上庭園や正面玄関に『ライオン像』などが設置

地上5階・地下1階の鉄筋建ては、建築史上に残る傑作と言われた


「気分はどうだい、お嬢様」


初めて動く床板を目の前にして足を踏み出すタイミングが掴めず、やっとのことでエスカレーターへ飛び乗った小夜を見て、虎太郎は口元を緩める


「緊張のあまり、心臓が飛び出るかと思いましたわ」


眉を寄せて困ったように笑い、自分の胸に手を置いてわざとらしく深呼吸をした

その仕草に胸が熱くなり、小夜の腰に手を回し自分の方へと引き寄せる
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