君のとなりに
「もうすぐ駅前だけど、結局どこまで行けばいい?」
「駅前でお願いします。」
「わかった。」

 降谷の横顔は綺麗だ。仏頂面でも、綺麗であることに間違いはない。

「何か言いたいことでもあるのか?」
「え?」
「視線を感じた。」
「自意識過剰!」
「お前には負ける。」
「…降谷さん、きらーい。」
「どうぞ。」

 つれない態度だ。でも、面白い。今まで出会った大人の中で、多分一番面白い。それに、多分これが心地いいという感情なのだろうと思う。自分を嘘まみれだと言った、本当のことを言う大人。本当のことを言ってくれる大人は、桜の周りに椿しかいなかった。

「到着。」
「…ありがとう、ございました。」
「くれぐれも、自分のことは大事にしろよ。自分以外に自分を守れるものなんてないんだから。」
「…降谷さんとおんなじこと、実は昨日言われてた。」
「言われててこれかよ。言ったやつも泣いてるな。」
「泣かないよ、椿ちゃんは。怒る。」
「せいぜい叱られろ。」

 それだけ言い残すと、窓が閉まる。そして降谷の車が走り去った。

「…変な人、降谷さん。」

 連絡先も、下の名前も知らない。だからきっと、もう二度と会えない。そんな自分に、あれほど真っ直ぐな言葉をかけてくれる、きっと嘘のつけない人。

「椿ちゃんに話したら、怒られるかなぁ。」

 風が強く吹く。一度瞬きをすると、降谷の車は完全に見えなくなった。
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