君のとなりに
「おい、できたぞ。起きろ。どうせ寝てねぇんだろ?」
「…なんでばれてんの。」
「当たり前だ。さっさと起きろ。」
「…名前、呼んで。」
「寝言は寝て言え。」
「寝てないから寝言じゃないよ。…名前、呼んでほしいなって。」
「持田、起きろ。」
「業務命令みたい。今、仕事中じゃないじゃん。」
「…下の名前で呼ばれたいなら、最初からそう言え、桜。」

 低く、甘く響く声に、自分からねだったのに頭が沸騰しそうだ。どう考えたって、降谷の方がずるい。

「…た、立てなくなった。今ので。」
「意味わからん。ここでお姫様だっこなんてそんなうすら寒いもん、絶対しないからな。」
「…ちゃんと立つ、し。」
「いただきます。」
「あ、待って!」

 容赦のない言葉に、容赦のない態度。でも、怖くはないし、信じられる。不思議なくらいに自然と。

「…いただきます。」

 目の前に並ぶ、和食の朝食。こんなにきちんとした食事を目の前に、桜のお腹は正直に音を立てた。

「…昨日の夜、食ってなかったのか。」
「…泣いたし。」
「多く作りすぎたから、おかわりあるぞ。」
「朝は少食だもん。」
「だから太る。」
「太ってない!」

 こんなテンポで会話のキャッチボールができる人は、多分いない。

「降谷さん。」
「なんだ?」
「…あたしを好きになる可能性は、ある?」
「…今は限りなくゼロ。」
「今はってことは、まだわかんないよね?」

 自分からそんなことを言えるようになる日が来るなんて、思ってなかった。今がだめなら、もう未来も過去も全てだめだと思っていた。でも、そうじゃない。
 今日がだめでも、過去のだめじゃなかった日は消えない。今は会えなくても、1年後には何事もなかったかのように笑い合えるかもしれない。あんなこともあったよね、なんて言えるかもしれない。
 だから今は、少しだけ前を見て歩いてみたい。

「…言うようになったじゃねぇか。面白いな。」

 降谷が小さく笑った。
< 28 / 30 >

この作品をシェア

pagetop