君のとなりに
「…本気、だし。」
「…はいはい。じゃあそういうことにしといてやるよ。」

 そう言って一度だけ、桜の髪をくしゃっと撫でた。その手が優しくて、朝から涙が出そうになる。

「…降谷さんばっかり、ずるい。」
「何がだよ。」
「また聞こえてるし。」
「聞こえるくらいでかい声で独り言言ってるやつがおかしいだろ。それで、俺の何がずるいんだよ。」
「…余裕あって、かっこよくしてるの、ずるいし。」
「余裕あるのは仕方ないだろ、お前が余裕なさすぎる。」
「…それはっ…そう、だけど。」
「かっこいいっつーのは、…お前の目がどうかしてる。」

 そんなの痛いくらいわかっている。もうどうかしてしまっている。

「…寝る。」
「寝てろ寝てろ。でも朝飯できたらたたき起こす。」
「女子を叩かないでくださーい、店長。」
「だったら店長に泣きつくのやめてくださーい。」
「降谷さんのバカ!」
「バカを好きになったお前の負けなんだよ、始めから。」

 それは、きっとそうだ。もう、桜の負けだ。降谷から貰ったものを手放せなくて、もっと欲しくなって、我儘に貪欲になっていく。

* * *

「…いてやるよ、お前のとなりに。」

 ようやく自分の幸せに手を伸ばそうとしている奴が、そう考えてそうしたのならば。
 君のとなりに、いてやろうと思う。まだ、好きになってなんかない。今のまま変わらないのならば、好きになる日は絶対にこない。それでも、変わろうとしている人間を傍で見るのは面白い。
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