君のとなりに
* * *

「桜!こっちこっちー。」

 呼ばれた方を向くと、今回の主催女子が手を振っている。桜はその手の振りに合わせるようにへらへらと笑った。そういえばこれを椿に怒られたばかりだったはず。
 
 中は個室で、掘りごたつのタイプだった。女が5で男も5だと聞いた。正直に言えばどちらでも良いのだが。
 目の前に並ぶ5人の男は確かに年上でいかにも収入がありそうな感じだった。イケメンではない人はいない。4人は優しくニコニコと笑っている。一人だけ、仏頂面だ。よりにもよって仏頂面が正面なんてついていない。何のために化粧を直したのか。

「あー桜ちゃん、ごめんねこいつ。こういう場所慣れてなくて。」
「いえいえ。あたしもあんまり慣れてないですし。」
「あ、そうなんだー。」

 斜め前の男。名前は…何だっただろう。ちゃんと聞いてなかったから覚えていない。目の前の男の仏頂面が気になって、人の話を全く聞いていなかった。なのに向こうは覚えているのだから驚く。

「桜ちゃんは何かバイトとかやってるの?」
「はい。レンタルショップでー。」

 いつの間にか笑顔になっている自分の顔面。そしてそれに気をよくしている相手。空気を読んで会話を振って、料理はさりげなく取り分けて。仏頂面の男にも、取り分けた皿を渡す。笑顔と高めの声のオプションに何の見向きもせず、低い声で『どうも』と呟いただけだった。

「降谷(フルヤ)~お前、不愛想にも程があるぞ。」
「お前らと違って、好きで来たわけじゃないから。」

(…降谷、さん。)

 皮肉にもこの場所に来て最初に覚えた名前。目の前の不愛想な、でも結構好みな顔をした男。比較的よく食べる方なのか、桜が盛った皿はペロリと全て食べている。

「あ、えっとトイレに行ってきますね。」

 笑顔で席を立つ。本当はトイレではなく、一人になりたかったからだ。鏡の前に立つと、嘘が透けて見える。どうしてこんなにも嘘ばかりなのに、嘘に誰一人気付かないんだろう。

「へらへら笑っちゃう。」

 自嘲気味に呟いた言葉は、排水溝に流れた。
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