キミの瞳に恋してる ~運命の人は鬼上司!?~


「ナビなんて洒落たものはねえからな。お前が案内しろ」


そう言ってエンジンをかけると、何も言わずに突然発車した。

強い雨が容赦なく、フロントガラスに降り注ぐ。

カーステレオも沈黙を保ったままの非常に気まずい車内で、雨音だけが大きく響いていた。

何か話そうと思った瞬間、矢崎店長が先に口を開いた。


「ハツはいつも、メシはどうしてんだ」

「ハイっ?ええと、作ったりコンビニだったり、外食だったり……色々です」


言ってからしまったと思った。

毎日自炊していますと言った方が印象が良さそうなのに、そんな計算をする余裕もなかった。


「ふうん。どこかコンビニ寄ってやろうか?」

「あ、ああ、ええと、大丈夫です。家に冷凍うどんがあります」

「あ、そ」


店長が短く返事をすると、また沈黙が訪れた。

私のばか~!なんでご飯の話を膨らませなかったのよ!

しかも冷凍うどんとか、言う必要のないことは言ってしまったし。


「俺もそんなもん。でもコンビニかレトルトが多いな。店が終わってから、作る気力がない」


気力がないなんて、矢崎店長の口から聞いたことのない言葉が飛び出して、私は顔を上げた。


「店長も、気力がわかない時があるんですか?」

「はあ?そりゃああるだろ。休みの日なんかグダグダだよ」

「へえ……」


そういえば初日に寮へ上がったとき、洗濯ものがたまったまま放置されていたっけ。

そうか、鬼と言えども、お店が終われば普通の人なんだ。

疲れもするし、手を抜いたりもする。

そう思うと、緊張で張りつめていた心が、ふっと和らいだ気がした。


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