猫の恩返し
「もうちょっ───」


鍵を握り締めた手をドアに伸ばした

プルプルと震える手には、ほとんど力が入っていない

カシャンと音がして鍵が開いたので、取っ手に体重を掛け体を引き起こす

一縷の望みを掛けて開けたドア


頼む…帰っててくれ…


その先に、ナツの靴はなかった


───どこ…行ったんだよ…


玄関に仰向けに倒れ込む


そんなに怒らせるようなこと、したっけ…?


目を閉じると、走り去るナツの後ろ姿が瞼に浮かんだ

その時胸ポケットから携帯が滑り落ち、床で大きな振動音を立てる


牧野か?!


慌てて画面を開き、通話ボタンを押した


「もしもし!」


『ずいぶん、焦った声だな』


「え…?」


『俺だよ、俺』


「溝…口…?」


『そ』


何で、溝口が…?
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