猫の恩返し
『お疲れー』と言う気怠(けだる)い声が、課内に響く


「あらら。ナツちゃん、帰らせて良かったの?」


早速、口を挟んでくる係長


「牧野に任せたんで…」


「小岩井くん、牧野ちゃんと仲良かったっけ?」


「別に…。ただの、上司と部下の関係ですよ」


書類から顔を上げず、適当に答えておく


「ふーん…」


この人は、ちゃんと仕事をしているんだろうか…


少しだけ気になって俯いたまま目線だけを上げると、俺を見る係長と目が合った

ニヤッと笑う係長


何だよ…


ついイラッとしてしまうのは、係長が飄々(ひょうひょう)としているからだろうか


「ただの…ね」


「………何ですか?」


書類を置き、首を左右に振った

コキッ、コキッと音がして、スッキリした気になる


「その割には親密そうだけど…」


何をどうしたら、俺と牧野が親密に見えるんだ

係長の目はおかしいのか?


「ナツだけでも手一杯なのに、冗談は辞めて下さい」


肘を曲げたまま右肩を回し、また書類を手に取った


「そっか…」


この人との会話は、まるで雲を掴むような感じで苦手だ

言いたいことの真相が見えない

確信を突いても、サラッと躱(かわ)される

そのくせ、誰も聞いてないのに突然誰にも何もツッコめないような体験を披露したり………


やっぱ苦手だわ、この人───


その後会話もなく仕事に没頭していると、気が付けば9時半を回っていた
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