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第十二章
 どうやら件の術者というのは、稲荷山にいるらしい。
 先程から結構な山道を登っている。

「大丈夫かい、お嬢さん」

 貫七が差し出す手を、お嬢さんが取った。
 もちろん嬉しそうだが、何かに縋りたい気持ちも大きかろう。

 何せ、息が相当上がっている。
 貫七は冷めた目で、少し先を行く大男の背を見た。

---ったく、かよわいお嬢さんがぜぇぜぇ言ってんのに、本来手を貸すのは、てめぇじゃねぇのかって話だよ---

 その大男は、おりんを抱っこして、喋りかけながら歩いている。
 そして今一人の男は、老僕を背負っているのだった。

---一番力のありそうな野郎が、何を一番軽いおりんを抱っこしてんだよっ。気が利かねぇ---

 心の中で悪態をつく貫七だが、貫七に構われているので、娘のほうは大男はおりんに夢中であってくれたほうがいいようだ。
 ここぞとばかりに、貫七の腕に縋り付く。

「ああ……疲れた。ほんと、ここって広すぎるわぁ。あたしゃ山登りに来たわけじゃないってのに」

 口は文句を言っているが、顔は嬉しそうだ。
 べったりと貫七に寄り添い、体重をかける。

「そうだ。そういやお嬢さん、子がいるんだったな。大丈夫かい?」

 ふと気付き、貫七は足を止めた。
 妊婦にこの山はキツかろう。
 あ、と娘も足を止めた。
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