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 小薄の扇が水面を行き来するたびに、景色が変わる。
 しばらくすると、懐かしい風景が映るようになった。

「あ……。変わらねぇな、この辺りは。昔のまんまの、山ん中だ」

 貫七の表情が緩む。
 十年前まで二人が暮らしていた、小さな小屋が映る。

 と、がたた、と小屋の戸が開いて、一人の老人が姿を現した。
 二人の育ての親である行者である。

『あ、師匠……』

 おりんが呟いたとき、いきなり行者がこちらを向いた。
 その瞬間。

「うわっ!」

『にゃっ!』

 ばっしゃん、と水の中で何かが弾けたように、飛沫が上がった。
 同時に水面に映っていた景色も掻き消え、銀の水盆は単なる水の入った盆に戻ってしまった。

「うーん、さすがは太郎坊。覗き見を察知されたようじゃの」

 ちゃっかり自分は飛沫を避けた小薄が、身体を戻して言った。

「ということで、残念ながら身体の状態をここから見ることは出来ん」

 あっさりと言い、小薄は木の葉に水盆を下げさせた。
 そして、元のように脇息にもたれかかる。

「この上は、わし自ら現地に行くしかないのぅ」

「お願いします!」

 間髪入れずに貫七が、がばっと平伏する。
 その速さに、ちょっと面食らった小薄だったが、まぁね、と呟き、扇を弄ぶ。

「なかなかない案件じゃし、気に入った者の願いは聞き遂げてやりたいが、ちょいと面倒くさ……」

 言い終わらないうちに、貫七が、ぎ、と小薄を睨む。
 ことおりんのこととなると、相手が高位の妖狐だろうと、例え神様であろうとも、一歩も譲らない。
 あまりの鋭い瞳に、あう、と小薄は言葉を呑み込んだ。
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