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終章
 それからふた月ほどの月日が流れ、めっきりと風が冷たくなってきた、ある夕暮れ。
 宿場から外れた峠の茶屋では、お紺が店じまいをしていた。

「よいしょっと。ふぅ、床几をしまうのも、いちいち面倒だわねぇ」

 ぼやきながら、店の片隅に床几をまとめた。
 以前はこういう力仕事をしてくれる用心棒がいたことを、ふと思い出す。

---どうしているかしら---

 思い出すと、胸が痛くなる。
 一年ほどここで暮らしていた色男。
 いきなり現れたかと思うと、同じようにいきなりいなくなってしまった。

 あまりの誑しっぷりに、いくら男前でも本気にならないよう、つれなくしてきた。
 いきなり切り出された別れに、もっと素直になっておけば良かったと後悔したものだが。

「……早いうちから素直になっていれば、また違ったかしら」

 ぽつりと呟いた独り言を、冷たい風が、ぴゅうっと攫った。
 相当経つのに、まだ忘れられない。

「もぅっ! 今更くよくよしたって仕方ないじゃない!」
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