まだ、心の準備できてません!
いつの間にか、私達の後ろのお客さん達の間ではカラオケが始まっている。

その盛り上がりも気にならないくらいだから、私は夏輝さんとの世界に浸ってしまっているらしい。


しばらくして、涙が止まった私の頭から手を離した彼は、灰皿に煙草を押し付けて穏やかな声で言う。


「君はまだ準備期間中なんだな。恋愛するまでの」

「……そう、ですね」


恋したい気持ちはあるけれど、まだ一歩が踏み出せない状態だから、そう言ってもいいのかも。

酔いが回ってふわふわとした頭の中で考えていると、突然夏輝さんはこんなことを口にする。


「でも、彼を選ばなかったのはたぶん正解だよ」

「ほぇ?」


気の抜けた声が出てしまった。“彼”って……。


「陽介くん、って言ったっけ。聞いたとこ彼はすごく優しそうだから、美玲ちゃんも信用出来るだろうけど、それだけで相手を選んでもきっとうまくはいかないと思って」


ほぼ確信しているような口ぶりの夏輝さんは、琥珀色の液体を口に含む。

たしかに、私も陽介とは恋愛関係まで踏み込めないと思ったわけだけど、彼はどうしてそう思うのだろう。

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