雨に似ている
詩月は手放しに褒める郁子に「緒方、即興は嫌いではないんだ」と、呆れるほどサラリと言う。

郁子は、彼は自分の実力の凄さを本当にわかっているのだろうかと疑う。

ショパンにしろ、ヴィルトゥオーソとまで言われる父親の演奏に似ていると悩み、自分自身のショパンが弾けないと自信喪失しているが、それは余程、耳の肥えた者でなければわからない程度のもので、本人が過剰に気にして調子を崩し、今はまともに弾けなくなっているだけではないのか、と思いたかった。


「あなたには驚かされてばかりね」

郁子は呆れたように言った。

「Let it be」演奏の後。

貢が「ライブは各々の好きな曲、弾きたい曲を弾いてはどうだろう」と提案し、それぞれ案を出し合い、郁子のピアノで3曲、詩月のピアノでショパンを1曲、演奏することで話がまとまった。

ライブ当日まで1週間、下村楽器店での練習が繰り返された。
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