雨に似ている
「どうだ? 楽しそうに弾いてるだろう」

「……うん」

「で。詩月、お前は楽しんで弾いているか?」

理久が詩月の背をさすりながら訊ねる。

詩月はハッとし、理久の顔を見上げる。


「音楽ってさ。『音を楽しむ』って書くんだぜ。音を征服して弾くのでなく楽しんで弾かなきゃな」

ーー「音を楽しむ」そんな風に思って弾いたことがあっただろうか

詩月はただ、こう弾きたい、こう弾かなければと音符を追いかけ、いつも父親の演奏から離れなければと窮屈な思いばかり、苦しいばかりで楽しんで弾く余裕などなかったと思う。


「……楽しくなんて忘れていた」

「ショパンの曲だってお前自身が楽しめなきゃ、いい演奏なんてできないだろう?」

「そうだね……本当にそうだ」

詩月は1番大切なことを忘れていたことに気付かせてもらった気がする。

貢も郁子も楽しんで弾いてるから、あんなに輝いてるんだろうと思う。
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