雨に似ている
「気分はどうだ? 落ち着いたか?」

理久は貢と郁子の演奏を聞きながら少し明るい表情を浮かべた詩月に、大丈夫だなと確信し「頑張って弾いてこい」と送り出した。

詩月のヴァイオリンが歌う。

クラシックではない。

「鯨魚(いさな)取り 海や死にする 山や死にする 海は潮干(ひ)て 山は枯れすれ」

己の卑少さと時の流れをため息の中に閉じ込めたような切なく悲しい万葉の一片だ。

万葉集16、無常を詠んだ歌として詠み人知らずで載せられた歌を骨格にして、長崎県出身の男性歌手が作詞作曲した「防人《さきもり》の歌」だ。

詩月は映画の主題歌にもなった、この歌をライブに選曲した。

詩月は防人の歌を初めて聴いた時、歌の歌詞と曲の持つ壮大なスケールと命への問いかけに強烈な印象を受けた。

そしてただ1度聴いた歌に興味を持ち、CDを探した。

じっくりと曲を繰り返し聴き返し、自らヴァイオリンで弾くようになったほど惚れ込んだ。
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