雨に似ている
詩月は幼い頃から母親が人目を避け、ひっそりと偲び泣いている姿を見てきた。

腱鞘炎を患い痛み止めの薬を常用していたことを悔やみ、自分自身を責めている母親の涙を見てきた。


自分は生まれてきて良かったのか? 母親を苦しめる存在ではないのかと、ずっと思ってきた。

防人の歌はその詩月の疑問を吹っ切るように、命を歌いあげていると感じた。

詩月は絶望を希望に託すように、自分への決意を込めてヴァイオリンを奏でた。

詩月の演奏は物悲しく切ない旋律なのに、力強い意志を感じさせる。

歌詞を知らなくても、詩月の奏でるヴァイオリンの音に、詩月がどれほど懸命に生きようとしているかが伝わってくる。

練習の時とは、比べものにならないほど詩月の思いがひしひしと迫ってくる。

ピアノ伴奏を務める郁子の目に涙が光った。

詩月の演奏を支え、ヴァイオリンの音を重ねる貢も詩月の演奏に涙がこぼれそうになるのをこらえた。

そしてこの後、詩月がピアノでどんな演奏をするのか? 貢も郁子も全く想像がつかなかった。
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