雨に似ている
「ショパン作曲『別れの曲』」。

詩月が屋上で弾いていたヴァイオリンでの「別れの曲」と同じ曲とはとても思えない。

前向きな飾らない音は、こう弾かなければならないという制約を感じさせない。

悲壮感が全くない。

終わりではなく始まりを悲しみではなく希望を感じさせる。

切ないけれど、ゆったりとした美しい旋律にのせて静かに希望を湧き上がらせる。

貢も郁子も詩月のショパンに耳を疑った。

前日までの演奏とまるで違う、詩月の「ショパン」は、とても同一人物の弾いているピアノの音ではないように思えた。

周桜宗月の影を引き摺り、自信なく無表情に奏でられていた頼りなさも悲痛さも全くない。

何より演奏に迷いがない。

素直で真っ直ぐな清々しい響きが心に直接、語りかける。


貢は詩月のピアノに合わせヴァイオリンを弾いていたが、詩月の演奏のあまりの変わりようと素晴らしさに、わざわざ合奏を交える必要などないと思い演奏を止めた。

ーー自ら道を閉ざさなければ、いつでも道は拓かれている。真っ直ぐに自分の心で自分自身の音で、ピアノを弾きたい。颯爽と風に向かって立つライオンのように。、どんなに先が見えなくても精一杯に全力で生きていきたい


詩月は「別れの曲」を弾きながら思った。


凛とした渾身のショパン、詩月の決意を込めた演奏が駅前広場いっぱいに響いた。


雨は穏やかに、温かく優しく詩月のピアノの演奏を見守っているように思えた。
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