雨に似ている
僕はそれまでコンクール出場エントリーをしながら、コンクールの前や当日に演奏の調子が乱れたり、体調を崩したりし、1度もコンクールに出場したことがなかった。

だが、あのコンクールは師匠から「出場することに意義があるんだ」と強引に説得され渋々、出場した。

準予選、予選を順調に勝ち進み、気がつくと本選まで勝ち上がっていた。


このまま成り行き任せに、本選で弾くのかという不安を抱えて、本選当日を迎えた。

僕は控え室で順番を待つ間も実感さえ沸かないまま、ただ課題曲「ショパン前奏曲、作品15番『雨だれ』」の楽譜を眺めていた。

超絶技巧演奏家として名高いピアニストの父が、自ら「ショパンは私の十八番だ」と豪語するショパン作曲の数々の作品が、僕にはどれも恨めしかった。


――何故、本選の課題曲がショパンの曲なのか?


大嫌いなショパンの楽譜を睨みながら、自分の順番を待つ時間は、とても長く感じられた。
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