雨に似ている
不安と憤りとが複雑に絡み合う。


「周桜詩月くん、舞台袖に移動してください」

コンクールスタッフに呼ばれ、平静を装い移動する。

舞台袖に、見知った顔があった。


数々のピアノコンクールで、幾度も優勝をしている、市内の女子中学生ーー彼女の名は緒方郁子。

彼女の名は準予選当初から、優勝最有力候補として上がっていた。

彼女は見るからに自信満々で、迷いや不安などとは全く縁遠いように見えた。

やはり本選まで難なく勝ち上がってきたのかと、一瞥する。


「周桜詩月くん、貴方は本選に必ず勝ち上がってくると思っていたわ」

ニコリ、彼女が声をかけてきた。


「君こそ。それに準予選、予選とも未だ本気の演奏をしていないだろう?」

彼女は僕の意地悪な質問に、フフっと穏やかな笑みを浮かべた。


「貴方だってそうでしょう!?」

悪戯っぽく口角を上げ、微笑んだ彼女「緒方郁子」の顔は、今でも忘れられない。


< 3 / 143 >

この作品をシェア

pagetop