雨に似ている
詩月は顔を上げ、理久を見る。


「郁子は、お前が演奏を放棄した日も、ひどく荒れたって聞いてる」


――あの演奏は……僕の演奏ではなかった


詩月は拳を握りしめる。


「安坂さんから聞いたよ。でも……冗談だろう」


――あんな酷い演奏に、緒方が本気で取り乱すはずがない

詩月は、貢の言葉も理久の言葉も打ち消そうとする。


「あの堅物が冗談を言うと思うか?」

理久の顔が険しい。

詩月は真顔で話した貢の顔を思い出す。


「リクエストを受けた時……もしかしたら、まともに弾けるかもしれないって思ったんだ」

理久はチッと舌打ちをする。


「わかってないな、お前は」

呆れたように深い溜め息を漏らす。


「素人に何がわかる?って顔だな。お前は深く考えすぎる」


詩月には理久が何を言いたのか、わからない。

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