雨に似ている 改訂版
素顔
長い睫毛、筋の通った鼻、薄い唇。

郁子は黒板の文字を番書する手を止める。

斜め前の席に目を向け、「まだ少し顔色が冴えない」と思う。

古文の授業。
詩月は何事もなかったように授業を受けている。

真剣な顔。
脇目も振らず、講義に耳を澄ませ、左手で器用にメモをとる。

カフェ·モルダウで「雨だれ」の演奏中。

郁子は耳を裂くような貢の叫び声を聞いた。

カウンターの中で珈琲をたてていたマスターが、顔色を変え、郁子も演奏を中断し、騒ぎの中心に駆け寄った。


貢が、床に踞り血の気が失せ、ぐったりとしている詩月の華奢な体を抱き起こした。


「マスター、救急車を」と貢が声を張り上げた。


あれから、まだ1週間しか経っていない。

郁子は貢と、病院の待合室。


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