雨に似ている 改訂版
ヴァイオリンの音色
校舎が茜色に染まっている。


貢は学内オーケストラ部の練習を終え、一息つく。

風に乗り、微かにヴァイオリンの音色が聴こえた気がし、耳を澄ませる。

心地よいヴァイオリンの音色は、貢の知っている学生の音ではない。


――なんて優しく歌うんだ。
誰に対して、何を思って弾けば、こんな演奏ができるのか

貢は、音色の主を確かめてみたくなった。

弾いているのは「マスネ作曲『タイスの瞑想曲』」だ。

美しい娼婦タイスと、彼女を神の道に導こうとする若い修学僧との悲恋劇。

歌い上げるのは「愛」だ。
「愛している」という熱い思い。



なのに……。
聴こえてくる音色から伝わってくるのは、「愛している」という喜びだけではない。
戸惑い、悩み、嘆き、哀れみ、悲しみさえ感じさせる。

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